7月7日、夕方に練馬を出発した。新潟からのフェリーは8日10時半なのだから、7日早朝に出れば間に合うのだが、のんびりと長旅のアプローチの序章を楽しんだ。

この山も都合3度目の正直の山である。1度目は、八戸からのフェリーの中の気象情報で断念して夕張岳に転戦し、次は八戸からののフェリー自体の欠航で、北海道への渡航すら断念し、白神岳等の北東北の山旅に変更をした。

初めての新潟からの20時間のフェリーは、秋田沖を通り、鳥海山、男鹿半島をながめ、深夜のイカ釣り船の漁り火の中を通り、早朝の小樽に到着した。苫小牧から一般道に降り、２３７号線に入った。国道からの登山口の案内板は何度かみてはいたものの、実際に幌尻への林道に足を踏み入れるのは初めてであった。

国道から長々と林道を走り、ゲートに到着した。これという駐車場はなく、細い林道脇に数台の車が窮屈そうに停められている。出発の準備をしていると、地元らしい数台の車がやってきて、ゲートの鍵を開けて林道の奥に入っていってしまった。私はここからハイキングシューズで約1時間20分の林道を歩き、終点の取水ダムで渓流シューズに履き替えた。

コースは右岸にある踏跡を拾いながら約40分、ようやく1回目の渡渉が始まり、その後も10回程度の渡渉があったものの、水量は膝から腿までであり、ほとんど問題はなく、特別の悪場もなく幌尻山荘に到着した。小屋に着くと、先ほどの車で林道歩きをカットした地元関係者の二十人程の登山者とはいえない不可思議なパーティと一般登山者の数人が今宵の宿を共にする事になった。この日は管理人のおじさんも入山しており、部屋の真ん中の薪ストーブに火を入れてくれた。

一般登山者のほとんどは本州から。6月末で定年退職し、職安や社会保険等の手続きに数日を要すると思っていたものの、1日余りで用事が片付いてしまったので、退職して3日後にはもうフェリーに乗っていたという東京の人や、今回の山行で、北海道の百名山の9座を一気に登るという富山の人、様々な登山人生がかい間見られた。


翌日の5時過ぎ、同宿の人達と前後して、山荘前からのいきなりの急登を開始する。長い斜面が一段落し、平坦な尾根に出るとエゾカンゾウが咲き出し、間もなく足場の悪い「命の水」に到着し、雪解けの冷たい水を水筒に満たした。

再び急登をがんばると、１７００ｍ峰の一角に飛び出す。左手には北カールが広がり、稜線にはお花畑が広がっている。馬蹄形の稜線の左方に山頂が見える。とたんに歩みは遅くなるものの、まずは山頂へと、左に大きくカーブしながら登っていくと新冠コースを合わせ、間もなく山頂に到着した。

ここは二等三角点、基準点名は幌尻である。時折雲がかかり、重畳たる山脈の続くはずの日高の山脈の全容は見えないものの、間近に見える戸蔦別岳を眺めながら、小1時間の時を過ごした。

頂上の霧はなかなかとれないが、時折見える北カールには陽光が当り、天気は良さそうである。１８００ｍ峰まで下り、登りに撮影できなかった写真を撮りながら、再び大・大休止。急げば今日中に車に乗る事も可能ではあったが、折角来た日高の山、せっかちに下山する事もないだろう。今晩の山小屋は空いているはずと連泊を決めこんで改めてお花畑での昼寝の時を過ごした。

案の定、今日の宿泊者は、遅くやってきた人を加えて九人。昨日はいた管理人が今日は下山してしまった為に今日は私が管理人役。斧を探して薪を割り、だれも点けないストーブに火を点け、渡渉で濡れてきた人の為に部屋を暖めた。遅くに到着した単独者は、山の数はこなしているものの、こんな沢のコースははじめてだと、ほうほうの体で辿りついた山小屋のありがたさを語っていた。

多くの人は定年を迎えた単独の男性。本来は余り人とのわずらわしさを避けたい雰囲気の人達ではあるが、何日も山に独りで入っていると、人恋しくなり、いずれからともなく話しが始まり、情報交換が始まる。襟裳のキャンプ場はいいよとか言われると、明日はそこに泊ってみようかと思いたくなる。


3日目、身の切れるような早朝の沢の渡渉を開始し、下山した平取で温泉に浸り、襟裳岬に立ち寄って森進一を唄った。流れていた唄はなぜか島倉千代子の「襟裳岬」であった。「何もない春です」では観光にはそぐわないのだろう。岬の先端に立つと、岩礁が点々と列をなし、太平洋の荒波の中に没していた。海抜ゼロメートルの岩礁。あれが日高山脈の本当の末端である。その後、山荘で勧められた百人浜のキャンプ場にテントを設営した。明日は日高南端のアポイ岳である。


　〇　1997年7月9日～11日
　

　9日　　林道ゲート１０：４０取水ダム１２：０４～３２四の沢手前１３：１０幌尻山荘１４：４４

10日　　幌尻山荘5.10命の水6.38～46幌尻岳8.50～9.42北カール上10.10～12.20幌尻山荘14.08

11日　　幌尻山荘６：００四の沢６：５６～７：０３取水口７：３７～５３ゲート９：０６